賢い人の分散投資−4.12

  

12. さらば損切り

資産運用におけるテクニックとして、損切りと呼ばれるものがある。損切りというのは、価格が大きく値下がりをして損失が一定限度に達した場合に売却するなどといった方法で、それ以上の損失の拡大を防ぐことである。

金融機関のトレーダーなどは、安く買って高く売り、利鞘を稼ごうとするのだが、価格変動の予想が外れた場合に、損失(含み損)が発生する。損切りをして損失を確定させれば、人事考課が下がり、給与が下がるのだから、できれば価格の回復を待って、その損失を消し去りたいという気持ちになる。その結果、冷静さを失って、ずるずると値下がりにつきあい、損失が雪だるま式に拡大して、金融機関にとって取り返しのつかない多額の損失をもたらす危険性がある。そこで、金融機関の管理者は、トレーダーに対して、予想が外れて一定の含み損を抱えた場合には、いったん手仕舞うこと義務づけている。これが損切りであり、別名、ロスカットルールとも言う。 つまり、損切りとは、1回の取引で大きな損失をこうむらないために、トレーダーが何と言おうと、管理者が強制するルールであって、利益を確保するためのノウハウではないということをまず確認しておきたい。

個人の資産運用においても、このような損切りが必要だと説く人が近年増えているが、これは本当なのだろうか。

この問題についても、回復可能なリスクと、回復困難なリスクとに分けて整理すると、理解しやすい。

単なる回復可能な価格変動であれば、下げ幅の大小を問わず、損切りは不要である。一時的に価格が下がった時に、安値で売却して損失を確定させることは、冷静さを欠いた行為で、運用成績を著しく悪化させる。一方、当初は長期的に優良な投資先と判断して投資したものの、その後の環境の変化などで、回復困難な価格変動が生じた場合には、投資資金回収の決断は必要となる。それ以上の悪化を防ぐ意味で、少しでも早い対応を取れれば、より深刻な打撃を防げることになる。

つまり、損切りして資金回収する必要があるかどうかは、投資先の将来性にかかわる実態面での変化があったかどうかで判断すべきなのであって、単に価格の変動幅が一定の割合、たとえば、損失割合が2割に達したかどうかといった基準で決めるべき性格のものではない。信用リスクの点で不安があり、値動きの激しい先に投機的な投資をしている場合には、予想と逆方向に大きく価格が動くことも多いので、自らの読み間違いを認めて損切りをする必要が生じることだろう。しかし、一般の投資家が、信用度の高い、まともな投資先に投資をしている場合には、当初想定していなかったよほど重大な事態が起きない限り、損切りを考える必要はない。 損切りは、投機家の技術であって、投資家には無縁のものである。

ウォーレン・バフェット氏は株式投資をした後で、その株式をごく稀にしか売らないことで有名である。その先の株価が、何らかの理由で大きく下がることがあったら、彼は恐らく買い時が到来したと判断して、大量に買い増すであろう。なぜなら、彼は将来性のある良い先に自信をもって投資をしているからだ。

株価が下がったからといってすぐに売却する人は、あたかも、一度ミスをした秘書を直ちに首にする社長のようなものだ。採用段階で、よい人だと思って雇ったのであれば、暖かく見守った方が賢明だろう。

実態の変化を見ることなく、価格の動きだけを見て、短期の値上がり益を追求しているデイトレーダーには、損切りが必要となるのであろう。また、借り入れした資金で投資をしていて、一定の期限までにその資金を返さなければならない場合(レバレッジ取引をしている場合を含む)にも必要となるかもしれない。しかし、自分の余裕資金で中長期的な運用をしている一般の堅実な投資家には、損切りは有害無益である。(注)

どのくらい値下がりをした水準で損切りをするのかによる程度の差はあるが、損切りを繰り返すと、売買コストが確実に増える。投資信託を運営しているような金融業者が売買する際に負担するコストは、個人投資家の場合と比較すると極めて安い。それでも、金融業者が売買の頻度を高めて、アクティブな運用をすると、ずっしりとコスト負担がかかり、運用成績を下げることは既に見てきたとおりである。まして、個人投資家が、損切りで売買の頻度を高めれば、確実に運用成績を下げる。

わが国では、投資信託についても、取得した後、23年以内に売却してしまう人が多い。売る理由としては、売買の頻度を増やさせたがっている金融業者から乗り換えを勧められ、言われるままに別の投資信託に買い換えるケースもある。また、値下がりしたから、あるいは値上がりしたからというだけの理由で、投資家が自分の意思で売却するケースもある。これも、実態を見ることなく短期間で売買をするという点で同じ種類の取引である。

価格が何割下がったかという比率に注意を払う必要はないが、実態面での変化があったかどうかには常時注意を払っておく必要がある。投資資金の回収をあわててしなければならなくなるような危険性のある先には、できるだけ投資をせず、信用度の高い先を選ぶことが望ましいが、それでもなお、実態面での重大な悪化が見られたら、できるだけすみやかに手を打つことが大切である。繰り返し強調したいが、価格の変化を見るのではなく、実態の変化の有無を見て判断すべきである。

  

(注)ベンジャミン・グレアム、ジェイソン・ツバイクも同様なことを述べている。「堅実な銘柄からなるポートフォリオを持った投資家は、その株価が変動することを肝に銘じて大きな下落に気を揉んだり大きな上昇に興奮してはならない。(中略)株価が上がったから買い、下がったから売るということは、決してしてはならない。投資家が大きな間違いを引き起こすことがないよう、これを明快に述べておこう。― 『株価が大幅に上昇したすぐ後には絶対に株を買ってはならない。また、大幅に下落したすぐ後には絶対に売ってはならない。』」  ベンジャミン・グレアム、ジェイソン・ツバイク著、増沢和美、新美美葉、塩野未佳訳「新賢明なる投資家 上」 初版 パンローリング株式会社 2005

  
   
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