賢い人の分散投資−4.14

  

14. 短期運用の難しさ

日本の投資家で、短期的な値上がり益を追求する人が増えている。このような人たちが、株式投資をしたり、為替取引をしたりする際の特徴として、「逆張り」が好きだと言われている。逆張りでは、価格が下落すると買い、価格が上昇すると売るという取引を繰り返す。これもリバランスとそっくりな取引である。

すべての価格変動が回復可能なタイプのものであれば、価格は再び元の水準に戻ってくるので、売買コストの問題をいったん横に置くと、「逆張り」は成功する。しかし、リバランスの場合と同じように、回復困難なタイプの価格変動に対しては失敗となる。

「逆張り」という言葉には、他の投資家の流れに逆らって売買取引をするというニュアンスが含まれているので、恐らく、実態面の変化がないことを確認した上での行動ではなく、単に価格の動きに機械的に反応した行動のようだ。実態面の変化を見ずに、価格の変化だけを見ての「逆張り」取引は、成功の確率が下がる。これに加えて、コスト倒れとなる確率もきわめて高い。

  

このように、株価や為替などの毎日の値動きを見ながら、それに基づいて、短期間で買ったり売ったりする運用方法で安定的に利益を出すことはむずかしい。明日の価格がどうなるのかは誰もわからない。上がるのか下がるのかさえも予測困難なのだ。たとえ、短期売買の損益が不安定であっても、通算で利益が損失を上回ればよいのかもしれないが、それさえもむずかしい。

短期的な価格変動に注目して、利鞘を獲得しようとするのは、投資というよりも投機として定義される取引である。たまたま、大きくもうけたら、そこでやめておけばよいのだが、そのような時に多くの人は病みつきとなる。自分には人並み優れたものを持っていると勘違いしてしまうのであろうか。その結果、ほとんどの人が、通算で損をしてしまう。

わが国では短期的な運用方法として、多数の一般個人投資家が外国為替証拠金取引(FX)を行なっている。海外の人たちは、このような日本の投資家のことを「ミセス・ワタナベ」と呼び、奇異な目で見ている。海外の一般個人投資家が同様な取引を行なっていないところをみると、これも、日本でしか見られないガラパゴス現象のひとつと言えよう。外国為替証拠金取引は、為替が不利な方向に動かない時期には利益が出る。しかし、いつも個人投資家の有利な方向に動くわけでなく、結局、通算で損失の方が多いということになりがちである。

株式の短期売買を繰り返すデイトレーダーや、外国為替証拠金取引の投資家は、9割の人が損をしているなどと言われる。この種の調査にあたっては、第1章で述べた生存者バイアスの除去が必要となることは当然としても、調査期間の長さによっても調査結果が異なりうるから、それ以外の、たとえば7割とか8割といった比率のものもあるだろうが、その比率自体は大きな問題ではない。たとえば、サイコロを1回振って5以上の目が出る確率は33%であるが、2回振った目の平均が5以上となる確率は19%、3回振った目の平均が5以上となる確率は8%で、回数が増えるにつれて、その確率は次第に少なくなる。これと同じように、調査期間が短ければ、一時的に利益を出している人の割合が増えるので、損をしている人の割合は9割よりも少なくなり、調査期間が十分に長ければ、恐らく9割を上回って大きな割合となるであろう。

短期の市場取引はゼロサムゲームである。誰かがもうければ必ず誰かが損をしている。為替や株式や債券など、この世界の主要プレーヤーは金融機関の専門トレーダーやヘッジファンドのような専門家である。このようなプロでも、安定的にもうけていて、自分の地位は安泰だと言える人は少なく、真剣に毎日勝負をしている。ゼロサムゲームでは、弱い相手を倒すことが利益を出すために必要となる。そして、他の人を出し抜き続けない限り、利益を確保することはできない。プロの人たちは、個人投資家を含む他の投資家がどの水準で売買をすることになるかといった情報を持っているし、仲間とともに価格を動かしうるような資金量をも持っている。このようなプロ中心の世界で、一般の個人投資家がカモにされることなく、五分に渡り合うということは容易ではない。

たとえ五分に渡り合えたとしても、個人投資家が売買取引を繰り返すことによるコストは、金融機関の専門トレーダーのコストよりもはるかに高いので、結局、個人投資家に勝ち目はない。個人投資家が短期の市場取引でもうけることは、まずもってあきらめた方がよい。

  

本稿の初稿完成直前に、東日本大震災が発生した。その被害は、わが国の社会生活のあらゆる面に及び、現在の資産運用にも影響を与えずにはおかない。今回の例で、短期の運用と中長期の運用との違いについて、もう一度見直してみよう。

まず、為替については、日本の投資家が必要な資金を手当てするために外貨建て資産を売るはずであると考えて、一時的な円高が起きるが、日本経済に対する悪影響を考えれば、円高は続かないであろう。

このうちの前半部分、外貨建ての資産を売る人がいるはずであると考えて、円を買って投機的な運用を行うのが短期的な運用である。その場合、実際に外貨建ての資産を売らなければならない人がいるのか、いないのか、どの程度いるのかは、さほど問題ではない。一時的にせよ大幅に円高が進めば、FX取引をしている個人の投資家で、証拠金を失って、安くなった外貨で円を買い戻さなければならなくなる人が多数出るだろう。また、狼狽して外貨建ての資産を売る人も出てくるかもしれない。ともかく、為替が大きく動けば、投機資金にとってはもうけるチャンスがある。ただし、実際に外貨建ての資産を売る人があまりいなければ、円高は続かず、損をする可能性が増えてくるので、買った円を売って元の状態に戻すタイミングが難しくなる。

一方、中長期の運用では、日本経済に対する影響はどの程度あるのかを見極めて、為替の見通しの判断をする。

株価についても同様だ。個別企業の株価の動きは様々であろうが、日本の平均株価は投機的な動きもあって一時的に値下がりするが、もう少し長い目で見れば、経済的な打撃と復興需要の大きさの両面を測りながら着地点を見出すことになろう。

この時に、震災直後の一時的な値下がりを期待して、空売りなどの投機的な運用をするのが、短期の手法であり、経済的な打撃と復興需要の大きさを比較して、どちらが実質的に大きいか見定めようとするのが中長期の運用方法である。

このように、今回の震災が、為替や株価へ与える影響は、プラス面とマイナス面があって、どちらが大きいかは即断しがたい。(注)一般の個人の投資家は、投機的な運用方法で、タイミングをとらえて売買をして、利益を出すことは難しいのだということを理解して、冷静に状況を見極めつつ、中長期の運用方法を採用すべきであろう。

  

(注)今回の震災の経済的影響として、プラス面とマイナス面とで、どちらが大きいのかと言う点では、もちろんプラス面の方が大きくなることを祈りたい。戦後の日本は、欧米に追い付け追い越せという共通の目標で頑張っている間は、世界で最も強さを発揮していた。しかし、日本経済が欧米にほぼ追いついたと日本人が思った頃から、それまでの共通の目標を失って、政官財が既得権益の保護を図るようになってから、日本の弱さばかりが目立つようになった。今回の天災をきっかけに、大局的な利益を重視して動くようになれば、日本経済が再び強さを取り戻せるかもしれない。

  
   
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