賢い人の分散投資−4.8

  

8. コンピュータの予知能力

実態の変化を伴わない価格変動リスク、為替リスクについては、多数の要素が複雑にからみあって形成されるので、現在のコンピュータ解析技術で因果関係を特定して、将来予測ができるようになることは期待できない。高速コンピュータを利用して、回帰分析と呼ばれる方法で、価格変動の原因をつきとめようとするのだが、その時々で原因の組み合わせが変わるものだから、明確な原因を特定できないことが多い。その結果、これまでのところ、コンピュータ解析で、将来の価格が予想できるようになり、正しい売買の判断ができるようになったという話は聞こえてこない。

それどころか、コンピュータが瞬時に状況を判断して、1秒の千分の1といった短時間に大量の売買が行われるようになったことから、価格変動のブレ幅が一層大きなものとなった。最近では、数年おきに経済危機が繰り返されている。そのたびに最新のポートフォリオ理論を覚えた人々が右往左往している。そして、過去のデータに基づいて将来を押し測ろうとする最新理論が、万能ではないということが、繰り返し繰り返し露呈している。そうした理論の中で使われているもので、シャープレシオ(注1)、ベータ(注2)などといったツールがあるが、その意味を本当に理解している人々は、それらが過去の実績を把握するためのもので、投資の将来性を判断する上では、ほとんど役に立たないということを知っている。しかし、投資判断には役に立たないとしても、その意味をよく分かっていない人々を誘導する際の「トリック」(しかけ、こけおどし)としては役に立つということをも知っている。

個別のリスクをひとつずつ分析する場合には、今後5年とか10年といった間に起こり得るトラブルの可能性を様々な角度から分析し、それを積み上げて総合的な評価をする。

これに対して、収益性のブレ幅の大きさを測定する場合には、過去の3年とか5年とかの収益性のブレを、因果関係を問わずに、そのまま利用する。3年間のブレ幅と、5年間のブレ幅とでは、当然その大きさが異なる。それは、いずれも過去のブレ幅であり、将来のブレ幅とも異なる。そもそも、コンピュータに入れるデータが過去の数値なのであれば、1秒間に何百兆回もの計算をする能力を持ったコンピュータといえども将来予測はできない。過去のトレンドを完全に理解して売買をするコンピュータソフトができたとしても、それによる売買が、これまでに経験をしたことのない値動きを引き起こす。しょせん、将来は過去の繰り返しではなく、過去の値動きから将来の値動きを推し量ることはできない。

将来の判断をするためには、過去の経験をも理解しつつ、将来を思い描くイメージトレーニングが欠かせない。コンピュータがそのレベルに進化するまでは、人々が論理的に将来を見通す力、人間の構想力の方に、まだ分がありそうだ。

そうは言っても、将来を一部なりとも見通すことは、決して容易なことではない。経済学を学んだことのある人にとっては有名な話なのだが、面白いことに、経済に関する知識を豊富に持っているはずの世界の経済学者の中に資産運用の上手な人がほとんどいないのだ。ただ一人の例外がイギリスの経済学者ケインズであると言われるくらい稀有なのだ。その理由は、恐らく、経済学者の知識もまた現在から過去のものであって、将来のものではないからなのであろう。思い込みを排して、将来を客観的に見通すためには、単に知識だけではなく、一定の鍛錬も必要となる。

逆に言うと、一般の人でも、一定の知識と一定の鍛錬を積めば、経済学者を上回る成績を上げられる。将来のすべてを見通すことはできなくとも、一部なりとも見通せれば、その分野への投資で、市場平均を上回る成績を達成できる。ただし、そのためにはやはり知識と鍛錬が欠かせない。ところが、近年資産運用をする人の中で、誰でも機械システムに頼るだけで人並み以上の成績を上げられるものだと勘違いして、そのような努力を怠る人たちがむしろ増えているように思われる。

  

(注1)シャープレシオとは、ファンドなどのポートフォリオが取っているリスク(リターンの変動度合いを示す標準偏差)に見合うだけの十分なリターン(安全資産を上回る超過利益)が得られているかどうかを一定期間について調べた指標。

(注2)ベータ値とは、個別証券の価格変動の大きさと市場全体の価格変動の大きさとの連動性(感応度)を示す指標。たとえば、ベータ値が1.2である証券は、市場全体が10%上昇した同じ期間に、12%上昇したということを意味する。

  
   
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