賢い人の分散投資−4.9

  

9. リスクと収益性のブレ幅

現代のポートフォリオ理論では、収益性のブレのことを、原因の如何を問わず、まとめてリスクと呼ぶことにしているが、これは昔から我々が使ってきたリスクという言葉と同じ意味ではない。また、資産運用における我々のリスク感覚とも異なる。リスク感覚とのずれとして、よく指摘されるのは、価格が上昇した場合のリスクの大きさである。ポートフォリオ理論では、価格の上昇も下落も同じリスクとされる。この結果、価格が20%上昇することのリスク度は、価格が20%下落することのリスクと同等であるとされる。しかし、一般の人の感覚としては、価格が下落することはリスクであっても、価格が上昇することはリスクではないので、両者が同じリスクであるとされることは、受け入れがたいと感じられる。

次に、ポートフォリオ理論では、、運用成績がプラス5%とマイナス5%の範囲内に予想される投資は、上下幅10%の範囲なので、リスクは比較的小さいとされる。一方で、運用成績がプラス10%とプラス30%の範囲内で予想される投資は、上下幅20%とブレの範囲が広くなるので、10%の場合よりもリスクが大きいとされる。しかし、一般の投資家にとってはどうであろうか。 前者の場合は、運用成績がマイナスとなる可能性があるので、リスクが大きいと感じられるし、もうかったとしてもせいぜい5%の運用益しか得られず、さほど望ましいとも考えられない。これに対して、後者の投資は、運用益が10%と30%の範囲であり、運用成績がマイナスとなる可能性がなくて、リスクが感じられず、はるかに望ましい。

つまり、一般の投資家が感じるリスクとは、運用成績の期待が外れた場合の心の痛み具合のことであろう。プラス5%のリターンを期待していた人の運用成績がマイナス5%となることは、数字の上では小さな割合であっても元本割れをする事態であり、数字以上に大きなリスクと感じられる。一方で、30%の運用成績を期待していた人にとって、その3110%の運用成績に終わることは、確かに不本意な事態ではある。しかし、一般に運用成績がプラスであれば、つまり投資元本が回収できれば、たとえ期待外れに終わったとしても、それほどがっかりすることもなく、リスクと感じられる度合いは少ないであろう。投資家の立場からのリスクは、その値がプラスかマイナスかによって大きく左右される。つまり、投資元本が確保されるかどうか、もしも確保されないとしたら、どの程度の確率で、どの程度の損失を被るのかという水準によって左右される。

一般の人々にとって、リスクはできるだけ避けるべきものであり、リスクを回避する方法として保険や保険に類似したデリバティブを利用することが多い。ところが、人々は自分の持っているものが値下がりする可能性に対して保険を掛けることを検討することはあっても、値上がりする可能性に対しては、誰も保険料を負担して保険を掛けようとは考えない。つまり、リスクというものを、値上がりと値下がりとで対称であるとするポートフォリオ理論の考え方には根本的な無理がある。

ポートフォリオ理論では、分析の都合上、リスクを定量化する必要があり、「リスクは収益性のブレのことである」という定義の仕方は、そのために已むを得ず考え出された便法にすぎない。したがって、一般の資産運用においては、この種の定義を使うことは避けるべきである。

「リスクは収益性のブレのことである」というポートフォリオ理論の定義の仕方は、一般的な債券投資の場合には当てはまらない。債券投資では「元本や利息が払われない可能性」のことであると定義される。不動産投資の場合にもあてはまらない。不動産投資で日々の価格のブレ幅の大きさをリスクと考える人はいないであろう。それよりも、価値が次第に下がっていくことをリスクと捉えるであろう。中長期の株式投資の場合にもあてはまらない。価格が変化するとしても、その理由がはっきりしているような場合や、価格変化の方向感が理解されている場合にはあてはまらない。

一方で、商品相場などで投機的な取引をしている人にとっては、リスクは価格のブレのことと感じるであろう。また、値上りでも値下がりでも、もうけるチャンスをうかがいながら、債券や為替を短期売買することを職業としているトレーダーや、外国為替証拠金取引(FX)をしている個人投資家にとっても同様であろう。限られた短い期間の運用をしている人にとっては、いつになるかわからない価格の回復は待てない。したがって、その価格変動が回復可能なものか、回復困難なものなのかといったことを考えようとはしない。このように、価格変化の予想がつかないような中で、短期の利鞘を稼ごうとしている人にとっては、リスクは価格のブレ幅のことと感じるであろう。

ただ、このようなごく一部の短期投資家を除いて、一般の個人投資家はもう少し気長に売買のタイミングを待つことができるのだから、リスクが本当に単なる価格のブレであるなら、リスクを恐れる必要は全然ないはずだ。なぜなら、たまたま価格が下振れした時に売る必要はないわけで、次に上振れするまでしばらく待ってから売ればよい。つまり、中長期の投資家は、できるだけリスクが大きく、ブレ幅の大きな投資先を選ぶべきであって、最も上振れしたと思った時に売ることを繰り返せばよい。そうすれば、最大の利益を上げることができることになる。ハイリスクをとれば、確実にハイリターンが得られるのだ。

ところが、いわゆるハイリスクの先に投資をして、このような方法で大きな利益を得た人はほとんどおらず、多くの人が大きな損失を被っているという現実がある。ハイリスクの先に投資をした際には、もうかる可能性と損する可能性は同程度なのではなく、もうかる可能性よりも損する可能性の方が高い。それはリスクが単なる価格のブレ幅ではないからなのだ。リスクはブレ幅が大きいから避けるべきなのではなく、損失を被る可能性が高いから避けるべきなのである。一般投資家が投資を始める際には、この基本原則をしっかり頭に叩き込む必要がある。これに対して、リスクを単なる価格のブレ幅だとする考え方は、ハイリスク投資の本当の恐ろしさを隠蔽するものであり、一般の投資家を惑わす危険な説明方法だと言わざるを得ない。

一般の投資家は、運用成績の期待が外れた場合の影響が一定レベルに達した場合に、リスクと感じるのだから、債券投資、株式投資を含む、資産運用全般においてあてはまる定義としては、「リスクは期待外れとなる場合の影響の大きさ」とすべきであろう。「リスクは収益性のブレ」という定義の仕方は、信用リスクのない世界や、信用リスクを無視できるような短期間の取引、あるいは価格が方向感なく揺れ動いているような場合にのみ利用可能である。したがって、短期の売買を繰り返しているような人にとってはあてはまるかもしれないが、中長期的に資産を増やそうとしている一般の個人投資家にはあてはまらない特殊な理論であると考えた方がよいだろう。(注)

リスクという言葉をインターネット上の辞書で調べてみると、「損失を被る可能性」とか、「期待される収益が達成されない可能性」などと定義されている。これに対して、このような従来の理解の仕方は正しくなく、「収益性のブレ」というポートフォリオ理論の理解の仕方に合わせるべきであるといったことを述べる人が最近出てきた。しかし、我々の感覚をポートフォリオ理論に合わせる必要はないはずであり、ポートフォリオ理論の側で、我々の感覚に合った新しい一層精緻な理論を考え出すべきであろう。

  

(注)ジェイソン・ツバイク、ベンジャミン・グレアムも同様な趣旨のことを述べている。「近年では投資判断を行うための数学的アプローチにおいて、「リスク」を「ボラティリティ」によって決定するというのが一般的手法となっている。(中略)「リスク」という言葉のこうした使われ方は、相場変動に重点を置きすぎているという意味から堅実な投資判断を行う上では実用的であるというよりは有害である。(中略)多くの普通株は、こうした株価下落のリスクをはらんでいる。だが適切な分散投資がなされた株式ポートフォリオにはこのような本質的なリスクは存在せず、よって単に株価変動という要素をとらえて「危険」だとすべきではない。」 ベンジャミン・グレアム、ジェイソン・ツバイク著、増沢和美、新美美葉、塩野未佳訳「新賢明なる投資家 上」 初版 パンローリング株式会社 2005

      ベンジャミン・グレアムは経済学者、カリフォルニア大学教授。ウォーレン・バフェット氏が投資について学び、師と仰いだ人物。バフェット氏は、本書のことを、投資について書かれたこれまでで最高の書籍であると述べている。

  
   
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